三余の書架

冬・夜・雨

アカウント

Twitterのアカウントを複数持っている。

友人の多くがそうだし、それは珍しいことでも何でもない。

趣味や宣伝等の用途に合わせたものや、親しい人だけに見せる非公開アカウント、ときどき話題になる共同アカウント、など様々な種類(分類出来ないものも多いのでは……)がある。今持っているのは用途ごとのものと非公開アカウントの二種類で、数は増えたり減ったりする。

数日前から、@_ymup 以外のアカウントをあまり動かさないようにした。(自分用の夢日記アカウントはメモ代わりなのでたまに使う。)

アカウントを増やすのは関わるコミュニティを区別したいから、また発信/受信する内容を分けたいからで、そのためのいくつかのアカウントを渡り歩きながらまあまあ快適なついった〜ライフを送っていたのだけれど、人間はそんなに簡単に線を引けるほど単純ではなかったらしく、ごちゃごちゃ考えることが嫌になってしまった。区別した複数のコミュニティを跨いで交流している友人もいて、公開範囲をツイート毎に設定できるわけではないから常に適切な場所で発信することなどほぼ不可能だし、また改めて考えてみると厳密に公開範囲を設定してまで発信したいことも特に無かった。Twitterで人と交流したい気持ちが薄いのか、欲しい情報が受信出来ていればそれでいい気がした。

もうひとつ。Twitterが私の生活に入り込みすぎていてしんどかった。自分の思考を誰に咎められるでもなくただただ発信できる場所に甘えてしまうこと、誰かに会った時に相手のツイートをほぼチェックしている前提で話が進むことや「久しぶりに会ったけどTwitterでよく見るからあんまり話すことがないなあ」という気持ちになってしまうことはとてももったいないように感じたし何より面倒だったこと。これはただコミュニケーション能力が欠如しているだけなのかもしれない。LINEやFacebookも苦手だから、オンラインで人と関わることに向いていないのかもしれない。自己表現が下手なことは自覚している。あまり会えない人ともつながっていられることはとても便利だけれど、逆に近くの人との距離まで開いてしまうような、上手く説明できないがそんな感じだ。

どちらについてもちゃんと考えを纏めたわけではないけれど、そこまで深刻な話でもないからこの程度で。Twitterに疲れたから活動範囲?を狭くしてみたというだけの話。

他のアカウントを全て削除した訳ではないので、またぽつぽつと別の場所に顔を出す可能性は十二分にある。Twitterや他のSNSを否定したいわけではないし上手く使えばとても便利なことはよ〜く分かっている。今後も自分にあった使い方を模索していきたい。